【評価段階】
★★★★★──傑作。
★★★★───秀作。
★★★────凡作。
★★─────駄作。
★──────困作。

【W】
Ian Watson
イアン・ワトスン『スローバード』★★★★(20150130)
Ian Watson“Slow Birds and Other Stories,1990”

佐藤高子他訳・ハヤカワ文庫1990
垂直につづく岸壁世界の住人の暮らしぶりは?地球上のあらゆる距離が増大してしまったら? 21世紀の銀座の社交クラブを舞台にした悲しきラブロマンスはいかがでしょう? 夢の中にお菓子のCMが出てきたら、どうしますか? 誕生日に両親から“世界”をプレゼントされた女の子のお話は? 空中から出現しては消える〈バード〉が跳梁する世界でスケート大会を観戦しませんか? もちろん、とびきり不思議な時間旅行もおまかせください! 英国SF界に燦然と輝く鬼才ワトスンが、あなたを驚異の旅にご案内する日本版オリジナル傑作集登場!
 すべてがワン・アイデアものの短編からなる作品集。傑作集というよりはむしろ玉石混淆であると思える。そんな中で取り上げるべきなのは、うかつにも吐き出してしまった魂を金魚鉢で飼う「我が魂は金魚鉢の中を泳ぎ」、一生を絶壁にしがみついて暮らす人々の生活を描いた、まるで諸星大二郎の作品にもありそうな「絶壁に暮らす人々」、夢にまでCMが出てくる――それこそ究極の悪夢である。しかも「続きはCMのあとで!」とかもし言われたならば。その時は間違いなく、続きが見られるのは来週なのだから!――人々の悩みを描いた「ぽんと開けよう、カロピー!」の三作品――馬鹿馬鹿しいもの二つと、救いのないもの一つ――が秀逸である。
Andy Weir
アンディ・ウィアー『火星の人』★★★★★(20140919)
Andy Weir“The Martian,2011,2014”

小野田和子訳・ハヤカワ文庫2014
有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は嵐のなかへと姿を消した。ところが――。奇跡的にマークは生きていた!? 不毛の赤い惑星に一人残された彼は限られた物資、自らの知識を駆使して生き延びていく。宇宙開発時代の傑作ハードSF
 要するにロビンソン・クルーソーの火星版であり、かつ、一人ぼっちでの生存の戦いであるので、地味と言えばこれ以上に地味な作品はない。しかしそれが大変に面白い。SFの神髄のみが詰まっているような作品。持ち前の科学的知識を駆使して、乏しい資源を「生き残る」ために応用する様子はまさに「火星のブリコラージュ」だと言える。「ハードSF」という冠の通りに、かなりの科学的知識が要求されるのだが、その関門さえクリアできれば楽しめることは間違いない。映画化が決定しているらしいが、余計なエピソードを盛り込んで劣化させないことを望みたい。
Herbert George Wells
H・G・ウェルズ『宇宙戦争』★★★★★(20140713)
Herbert George Wells“The War of the Worlds,1898”

中村融訳・創元推理文庫1969
 夜空に謎を秘めて怪しく輝く火星で、ある夜、白熱光を発するガス状の大爆発が観測された。これこそ六年後に世界を震駭させる大事件の前触れであった。イギリス諸州の人々は夜空を切り裂く流星群を目撃したが、それは単なる流星ではなかった。未知の物体は大音響とともに落下し、地中に埋まった物体の中から現れたのは、想像を絶する宇宙の怪物……V字型にえぐられた口、巨大な二個の目、のっぺりとした顔、不気味な触手をもった火星人たちであった。いまや、恐るべき火星人の地球侵略がはじまったのだ。
 19世紀に書かれたSFの古典にして金字塔。これ以上言葉を費やす必要はないような気がするが、付け加えておくならば、全編に漂う「息苦しさ」が素晴らしい。火星人の前にあって、人間は徹底的に無力な存在であり、いつ見つかるかとビクビクしながら音も立てず、じっと動かずにいるしかない。そこにあるのはたとえば「絶望感」というような未来志向の「思考」ではなく、端的に自己そのものの生存に関わる「皮膚感覚」である。つまり、頭ではなく体なのだ。人類の明日ではなく、「いま、いかに生き延びるか」が賭けられている。そうしたぎりぎりの「息苦しさ」の連続。
Connie Willis
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コニー・ウィリス混沌(カオス)ホテル』★★★★★(20140504)
Connie Willis“The Best of Connie Willis,2013”

大森望訳・ハヤカワ文庫2014
ハリウッドのとあるホテルで、なぜか国際量子物理学会が開催されることになった。各地から名だたる学者が集まってくるが、量子論さながらの騒動が次々と発生し、事態はカオス化していく……ネビュラ賞受賞の表題作、短篇集初収録のクリスマスSF「まれびとこぞりて」、傑作風刺SF「女王様でも」ほか、SF界きってのストーリーテラーのユーモア系短篇から、ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞作のみ全5篇を収録した傑作選
 収録作は「混沌ホテル」、「女王様でも」、「インサイダー疑惑」、「魂はみずからの社会を選ぶ」、「まれびとこぞりて」。「まれびとこぞりて」という邦題を思いついた時点ですでに勝ったも同然の短編集。表題作のまさにカオスな内容は、量子論に明るくない身にはそれほど面白いとも思えないのだが、似非オカルト能力者の詐術を暴く「インサイダー疑惑」は、オカルト否定論者の魂がチャネラーの口を借りて、オカルトを否定する言辞を吐くという実にパラドクシカルな内容で、まさに「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」的な物語であり、どのように決着をつけるのかと、とにかくわくわくしながら読める。また、飛来してきたはいいが、ただ突っ立ったまま何もしない宇宙人を巡るドタバタである「まれびとこぞりて」も期待に違わない内容。尚、本書は“The Best of Connie Willis”の邦訳二分冊の一であり、もう一冊は『空襲警報』。
Robert Charles Wilson
ロバート・チャールズ・ウィルスン『クロノリス ―時の碑―』★★★★(20121225)
Robert Charles Wilson“The Chronoliths,2001”

茂木健訳・創元SF文庫2011
2021年のタイ。ある夏の未明、天を衝くかのごとくに巨大な塔が一基、轟音とともに忽然と出現した。それには20年先の未来の日付と、クインという名が刻まれていた。クロノリス(時の石)と呼ばれるようになった巨塔は、その後も未来から送り込まれつづけ、その出現エネルギーで次々と各地を破壊していくのだった。最初のクロノリスの出現場所に居合わせた主人公は、知人の女性物理学者が率いる国家機関にスカウトされ、彼らはついに巨塔の出現予知を完成させるが……。閉塞した民衆は、超越的な絶対者クインの出現を望みはじめ、さらに「我こそ未来のクイン」と名乗る者まで現われるのだった。物語は刻々と2041年へ迫りゆく。『時間封鎖』の著者が描く、空前の時間侵略SF。キャンベル賞受賞作。
 何より翻訳が素晴らしく、一切の引っ掛かりなく滑らかに読める。ほとんどワンアイデアものの内容で、理論的な説明は無いに等しいのだが、それも当然で、街中に突然、高さ400メートルを超える彫像が出現する、などという状況は生半可な似非理論では説得力を持たない。それゆえ著者は、SFの王道ならばむしろ脇役であるような人物を主人公に持ってくることで破天荒な設定の説明を回避し、かつ傍観者的な立場から出来事を活写する。時を超えてのある種の仕掛けがあるにはある(2人の人物の意外な真実)が、それはむしろ予定調和的でそれほど新味のあるものではない。そういう意味で驚きとは、彫像の出現という事態に尽きるのだが、にもかかわらず人物の思いや過去の設定が上手くて面白い。何より468ページの「人間」の定義など実に秀逸。

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