【評価段階】
★★★★★──傑作。
★★★★───秀作。
★★★────凡作。
★★─────駄作。
★──────困作。

【H】
Robert A.Heinlein
R・A・ハインライン『宇宙の戦士』★★★★★(20120624)
Robert A. Heinlein“Starship Troopers,1959”

矢野徹訳・ハヤカワ文庫1977
 単身戦車部隊を撃破する破壊力を秘め、敵惑星の心臓部を急襲する恐るべき宇宙の戦士、機動歩兵。少年らしいあこがれから軍隊に志願したジョニーが配属されたのは、この宇宙最強の兵科だった。しかし、かれが一人前の戦士となるには多くの試練に耐えねばならない。ひとりの少年を戦闘マシーンに変えていく地獄の訓練の日々、いく度か除隊すら考えるジョニー。だが、そのかれもやがて、異星人のまっただ中へ殴り込み降下をかける鋼鉄の男に成長したのだった! 大胆な暴力肯定的内容で騒然たる議論を呼んだ、ヒューゴー賞受賞に輝く巨匠ハインラインの問題長編!
 言わずと知れた、ハインラインの傑作。「機動歩兵」という(当時としては)斬新なコンセプトが、スタジオぬえのイラストと相俟って、当時のSF界にインパクトを与えた。このアイデアがモビルスーツという概念の原型となったことも言うまでもないし、本作自身がアニメ化されたこともある。もちろん、映画『スターシップ・トゥルーパーズ』の原作でもある。ただし、映画版には機動歩兵は登場しない。
 戦争肯定だとかファシズム文学だとかいろいろと毀誉褒貶のある作品だが、肯定派、否定派のどちらもが気付いていないのは、これが一種のユートピア小説だということである。一般兵士は「市民を守るために」戦うのであり、上級将校は「戦いに勝つために」作戦を立案する。目的は決してブレることがない。そして、そんな「純粋な」軍隊は現実にはごく稀にしか存在しない。そうした軍隊が対峙する相手に、「決して理解し合えない他者」としての「異星人」を設定したのも物語の歯切れを良くしている。「共生」という世界観の背後に潜む「話し合えばきっと分かり合える」という思考が一切通用しない「出遭い」。そして「彼ら」を閉め出すことも、自らが閉じ籠もることも適わないならば「戦う」しかない。フランスの人類学者、マルセル・モースによれば、武力とは、コミュニケーションの一方の極限形なのである。
ロバート・A・ハインライン『夏への扉』★★★★★(20121225)
Robert A. Heinlein“The Door into Summer,1956”

福島正実訳・ハヤカワ文庫1979
 ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にたくさんあるドアのどれかが夏に通じていると信じているのだ。1970年12月3日、このぼくもまた夏への扉を探していた。最愛の恋人には裏切られ、仕事は取りあげられ、生命から二番目に大切な発明さえ騙しとられてしまったぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ! そんなぼくの心を冷凍睡眠保険がとらえたのだが……巨匠の傑作長編
 巨匠の古典的傑作。70年から30年後の未来、すなわち2000年へのタイムトラベルというプロットは、その時間軸すべてがもはや過去のものであり、登場するガジェットも、50年代SFにいかにもありがちな、今となっては古臭く感じるようなものでしかない。しかしそれにもかかわらずこの長編が傑作であることは疑いない。人が良いだけで要領は悪い主人公を取り巻く裏切りの嵐と、どんでん返しに次ぐどんでん返しの果ての意外な結末。読後に感じられる「やさしさ」。それらがこれを、ベストSFに必ずランクインする作品としているのである。
ロバート・A・ハインライン『時の門 ハインライン傑作集4』★★★(20130323)
Robert A. Heinlein“The Menace from Earth,1959”

福島正実他訳・ハヤカワ文庫1985
どこから入ってきたんだ、こいつは! 自分一人しかいないはずの部屋に突然現われた一人の男――その男はウィルスンに思いもかけない提案をした……タイム・パラドックス・テーマの不朽の名作といわれる表題作「時の門」をはじめ、突然公衆の面前で若い女性がストリップをはじめたり、痴呆めいた新興宗教が流行したりと、あらゆる奇妙な現象がとどまるところをしらず増大し、やがて……「大当りの年」、地球から来た美人に恋人を奪われそうになった月っ子の物語「地球の脅威」など、巨匠ハインラインならではのセンス・オブ・ワンダーにみちた傑作、名作7中短篇を収録!
 収録作品は、「大当りの年」「時の門」「コロンブスは馬鹿だ」「地球の脅威」「血清空輸作戦」「金魚鉢」「夢魔計画」。原題では「地球の脅威」が全体のタイトルとなっているが、邦訳では「時の門」となっている。しかし本書の中心となっている短編はやはり「時の門」であるだろう。分量も最大であり、オチとしてはおよそ古典的だが、時間遡行による二重三重に複雑な人間関係が物語の魅力となっている。とは言えその複雑さは諸刃の剣であり、一つ一つ解析していかなければそのからくりが見えにくいのは難点でもある。ストレートなアイディアで面白い「金魚鉢」、超能力者の活躍を描く「夢魔計画」は秀作。
ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』★★★★★(20150130)
Robert A. Heinlein“The Moon is a Harsh Mistress,1966”

矢野徹訳・ハヤカワ文庫1976
時に西暦2076年7月4日、圧政に苦しむ月世界植民地は、地球政府に対し独立を宣言した! 流刑地として、また資源豊かな植民地として、地球に巨大な富をもたらしていた月世界。だが、月が人間にとって苛酷な土地であることに変りはなかった。横暴を極める行政府の圧政に対し、革命のための細胞を組織化し、独立運動の気運を盛り上げていったのは、コンピュータ技術者マニーと、自意識を持つ巨大なコンピュータ〈マイク〉。だが、かれら月世界人は一隻の宇宙船も、一発のミサイルも保有してはいなかったのだ! 1968年度ヒューゴー賞受賞の栄誉に輝くハインラインの問題作!
 『宇宙の戦士』と双璧をなすハインラインの代表作だろう。月世界植民地の歴史は流刑地に始まる、という意外な設定や、流刑地であったがゆえの男女比のアンバランスから生まれた特殊な婚姻システムや家族構成をも創造しつつ、しかしそれらはあくまで物語に彩りを添えるエピソードとしてのみ扱われるという贅沢さである。物語の中心は地球政府に対する月の独立であり、そのありさまが600ページ近い枚数――手元にあるのは86年発行の第十刷で、行間は詰まり文字も小さめであるが、現行の版では文字も大きくされ、行間も空けられた分さらに枚数が増えているのではないだろうか――を費やして語られる。また、ハインラインの一連の作品に見られるごとく、本書にも、過激ではあるが実に鋭い国家観が散りばめられているのである。残念ながら誤植が多く――現行の版ではすべて修正されていることを望む――、大御所矢野徹の翻訳も意味が取れない部分が多々あるのだが、にもかかわらず読んで損はない傑作。
R・A・ハインライン『ルナ・ゲートの彼方』★★★★(20110220)
Robert A.Heinlein"Tunnel in the Sky,1955"

創元SF文庫1989
上級サバイバル・テスト? そりゃ大学の科目じゃないか。恒星間ゲートを利用して超時空ジャンプをし、未知の惑星に志願者たちを送りこむ。回収の時まで無事生きのびていられたら合格、そんな命懸けのテストだ。でも合格者には輝かしい未来が待っている。よし、やるぞ! ハイスクール生徒のロッドは、両親の大反対を押しきって、十数名のクラスメイトとともにゲートをくぐった。あっという間の転送ののち、ロッドたちは地球型の惑星に降り立った。事故で回収が不可能になることなど露ほども知らずに……。少年たちの戦いは今始まろうとしている。
 ハインラインの手によるジュブナイル。とは言え、ジュブナイルの概念を遥かに超えた問題作。帯に記された坂本司の言葉にもある通り「青春叩き潰し系の成長小説」であり、ジュブナイルという枠組みに基づいて読むと呆然とすること必至。文明の利器を殆ど持たず、危険な動物たちが跋扈する惑星で如何に生き延びるか、と言うことがテーマであり、従ってSF版『十五少年漂流記』。またはそこに描かれた人間観においては原始生活版『宇宙の戦士』とも言えよう。
R・A・ハインライン『ヨブ』★★★(20120716)
Robert A. Heinlein“JOB:A Comedy of Justice,1984”

斉藤伯好訳・ハヤカワ文庫1995
 いったい何が起こったんだ? 平凡な牧師アレックスは動揺した。南の島で火渡りに挑戦して意識を失い──目覚めると、世界が一変していたのだ! 名前はアレックに、乗っていた機船は汽船に変わっている。客室係は初めて見る美女で、なんと彼の恋人だという。だがこれは、際限なく続く次元転換のほんの始まりにすぎなかった……聖書ヨブ記に材を取り、混線次元をさまよう男の冒険をコミカルに描く、ハインラインの話題作
 原題が"JOB:A Comedy of Justice"となっている通り、『旧約聖書』の「ヨブ記」を下敷きとしたコメディSFである。神ヤーヴェは敬虔で信心深いヤーヴェに対して苛烈なまでの試練を与える。この理不尽さは聖書解釈の難問であり、例えばユングはこれを取り上げて『ヨブへの答え』を書いている。曰く、ヨブ記の神は無意識の全体性である云々。一方ハインラインはSFによる再解釈に挑戦した。しかしこちらはSFであるだけに何でもありな内容で、主人公は天国に行ったり地獄に行ったり、果ては非キリスト教の神々まで登場する、という具合である。そこにおいて考察されるのはもちろん「神の義」の問題であり、そして、敬虔なキリスト教徒が読めば卒倒しかねない内容が展開される。のはいいのだが、そこに辿り着くまでが長く、そして、読み終えて「面白かった」という感想を持つこともできなかった。
James Patrick Hogan
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』★★★★★(20100809)
James Patrick Hogan"Inherit the Stars,1977"

創元SF文庫1980
 月面調査隊が深紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、五万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。ハードSFの新星ジェイムズ・P・ホーガンの話題の出世作。
 重厚なハードコアSFでありながら、核に置かれた“謎”の推理の様は本格推理そのものであるという異色作。月で発見された五万年前の死体の調査と、どことも知れぬ世界の“戦い”の有様が交互に語られ、その二つがやがて繋がって行くというプロットも秀逸。そしてそこで明かされる太陽系の歴史の“真相”も、力業ながらも見事という他はない。SF小説のベスト10を選べと言われれば真っ先に名が挙がる作品。尚、著者は2010年07月12日に逝去、69歳。
ジェイムズ・P・ホーガン『創世記機械』★★★★★(20100607)
James Patrick Hogan"The Genesis Machine,1978"

山高昭訳・創元SF文庫1981
若き天才科学者クリフォードは、政府機関で統一場理論の研究を進めるうち、画期的な成果をあげた。物質,電磁気力、そして重力の本質を見事に解き明かしたのだ。この理論を応用すれば、宇宙のエネルギーを自由に操り、利用することができる。使い方によれば究極の兵器ともなり得るのだ。そこに目をつけた軍部は、ともすると反抗的なクリフォードを辞職に追いやり、独自に研究を始めた。彼は私的研究機関に移り、細々と自分の研究を続けていたのだが……。ハードSF界の旗頭ホーガンの面目躍如たる大作長篇
 関門は最初の15ページ。ここで統一場理論という「虚構」の説明がなされ、そしてそれが本書全体の推進力となっているのだが、多少の物理学的知見がなければ理解は及ばない。それどころか本書は冒頭の理論に由来するに物理学的発見と実験に占められていて、その合間に人間ドラマが登場するにすぎない、とさえ言える。だからといって面白くないわけではない。企業や政治に翻弄され、利用される科学者とその反撃、というドラマは胸のすく展開である。
ジェイムズ・P・ホーガン『未来からのホットライン』★★★★★(20120907)
James Patrick Hogan"Thrice upon a Time,1980"

小隅黎訳・創元SF文庫1983
 アメリカ西海岸で技術コンサルタント事務所を開いているマードック・ロスは、スコットランドの古城に住む引退したノーベル賞物理学者の祖父に招聘しょうへいされ、友人のリーとともにイギリスへ向かった。祖父が政府の助けもなく独力でタイム・マシンを完成させたというのである。半信半疑のまま地下研究室へおりたロスの前には、DEC社のコンピュータをはじめ、数知れぬ電子機器がもつれ合った電線でつなぎ合わされていた……。SF作家たるもの一度はタイム・マシン・テーマに手を染めなければならない、と語るJ・ホーガンのお手並みやいかに!?
 タイム・マシンとは言っても、ここで取り上げられるのは時間旅行ではなく、情報の伝達である。未来から過去へと情報を伝達することで過去は改変できるのか? できるとしたらどのように? そして時間とは、どのような構造を持っているのか? こうした問題に正面から取り組んだ傑作。時間については主に哲学方面から多様な考察がなされているものの、未だに確定的な考え方が提示されていない。それら哲学分野での考察に比べても決して引けを取らない時間論が披露されているのが素晴らしい。更には核融合やブラックホールといった題材が絡められ、ハラハラする展開が演出される。
 とは言え、この物語の最大の収穫は、最後の一行にある、と断言できる。
ジェイムズ・P・ホーガン『断絶への航海』★★★(20110612)
James Patrick Hogan"Voyage from Yesteryear,1982"

ハヤカワ文庫1984
 地球の半分を壊滅させた第三次世界大戦の傷もようやく癒えた2040年、アルファ・ケンタウリから通信が入った──対戦直前に出発した移民船〈クヮン・イン〉が植民に適した惑星を発見、豊富な資源を利用して理想郷の建設を開始したというのだ。この朗報をうけて〈メイフラワー二世〉号が建造され、新天地を求める人々を乗せて惑星ケイロンをめざし旅立った。だが、20年の長旅の果てに一行を待ちうけていたのは、地球とはあまりにも異質な、想像を絶する奇妙なケイロン人社会だった! 現代ハードSFの旗手ホーガンが該博な知識をベースに描いた壮大なスペース・ドラマ!
 「『政府』はいかにして廃棄可能か?」という命題に挑戦した意欲作。植民惑星ケイロンは、政府および貨幣制度を持たない社会として描かれている。それを支えるのは「無限の富」であるという点、いかにもあっさりとしている印象を受けるが、そこに拘っていては話が進まないのも確かだろう(注記:欲しいものを他人の家に行って黙って持ってくる、という、ケイロン社会のような物資の取り扱い方は実際に存在する。例えば太平洋の島々に見られる“交換”行為はそのようなものだろう。ただしごく小規模ではあるが)。資源の無限を背景に置けばそれも可能かもしれない。『造物主の掟』で、ロボットに人間的な文化を築かせたホーガンは、この作品で徹底的に性善説の立場に立つ上で、実に非人間的な世界を描いて見せた。なお、ここで言う「非人間的」とは誉め言葉である。
ジェイムズ・P・ホーガン『終局のエニグマ(上)/(下)』★★★★(20130616)
James Patrick Hogan“Endgame Enigma,1987”

小隅黎訳・創元SF文庫1989
ソビエトが月軌道上に建設した巨大な宇宙島。ソ連政府当局は、これこそ彼らの宇宙計画の平和的目標の象徴であると主張した。しかし、合衆国国防総省の見方は違っていた。この宇宙島には強力なX線レーザーが積み込まれているに違いない。平和目的どころか、これこそ究極の攻撃兵器なのだ。この謎を解くため、二人のエージェントが送り込まれたが……。(上巻)
監視の目をくぐって監房を抜け出したマッケインたちは、〈テレシコワ〉内部の偵察に乗り出した。だが、武器のたぐいはいっさい発見できない。では、〈テレシコワ〉はソ連のいうとおりに平和目的のスペース・コロニーなのだろうか? しかし、マッケインたちは、それでもどこか心にひっかかるものを感じていた。このコロニーはどこかが狂っている。(下巻)
 ソ連崩壊直前に描かれた、外連味溢れる大胆な作品。ホーガン史上最大の人工的な大仕掛けが最後に炸裂する。ただし、そこに至るまがやや冗長であるということ、そして、その仕掛けを「見抜く」過程が――それこそが物語の「核」だろうと思われるのに――ややおざなりで拍子抜けなところがある、というのは瑕疵だろう。
ジェイムズ・P・ホーガン『マルチプレックス・マン(上)/(下)』★★★(20100315)
James Patrick Hogan"The Multiplex Man,1992"

小隅黎訳・創元SF文庫1995
目覚めたとき、ジャロウは七ヵ月間の記憶を失っていた。知人たちのもとを訪ねるが、誰ひとり彼のことを知らないという。それどころか、ジャロウは五ヵ月前に死亡し、みな葬式に出席したというのだ。では、このわたしはいったい誰なのか? 一介の中学教師だった男を巻きこんだ奇怪な出来事。身辺に残された手がかりをたぐっていくうち浮かびあがったのは、まさに彼自身がキイとなる驚くべき計画だった! 宇宙にまで生活圏が広がり、世界構造が再編された近未来を舞台に本格派が描くハードSFサスペンス。(上巻)
人類社会を根底から変貌させてしまう、ひとつの発明――対象は、人間そのもの。それは軍部による極秘プロジェクトとして、大統領にも報告されないまま完成されており、実用化の決定を待つばかりだった。だが、この計画の中心人物である天才科学者が謎の失踪を遂げていた。究極の特殊工作員は、彼を追いつめるべく世界の壁を越えて狩りを始める。一方、計画を察知した宇宙圏側の反対勢力が、この機会を黙って見過ごすはずがなかった……二重三重に仕掛けられた罠また罠!(下巻)
 SF的なアイディアを盛り込んだサスペンス、というのがこの作品に対する最も正確な表現であるだろう。どちらかと言えばアクションの少ないホーガンの作品中にあって、本作は追う者と追われる者の多種多様な駆け引きや戦いが描かれていて、そのまま映画にしてもいいくらい「派手」である。しかしその分いつもの「センス・オブ・ワンダー」が不足しているのではあるが。それでもある大きなトリックが(そのトリックは解説でも言及されている通り“読めないこともない”のが難ではある)施されているところはさすがと言わねばならない。
 ただ一つ、本作には大きな瑕疵が存在する。下巻クライマックス付近でのとある「作業」は、原理的に記憶には残らないはずなのに、それが記憶されているという矛盾である。ただしこの瑕疵は確かに大きいのだが作品全体を損なうようなものではない。
 また、現代の政治や経済に対する嫌悪とも言うべき痛烈な批判を、未来世界の状況に対する登場人物の意見に仮託して語るのは、ホーガンの作品ではお馴染みであるが、それが本作では体制を信じ擁護する側から逆説的に語られるのは異色である。
ジェイムズ・P・ホーガン『時間泥棒』★★★★★(20110304)
James Patrick Hogan"Out of Time,1993"

小隅黎訳・創元SF文庫1995
ニューヨークで、ある日突如として時間の流れがおかしくなりはじめた。時計がどんどん遅れていくのだ。しかも場所ごとに(・・・・・)少しずつ遅れかたが違う。その結果、周波数も影響をうけ、通信もままならない。著名な物理学者が言うには、「この世界と交差する他次元のエイリアンが、われわれの時間を少しずつ盗み取っているのです」!? エイリアンだか何だか知らないが、とにかく時間がたりなくなっていくのは本当だ。でも、いったいどんな手が打てるというのだ? 議論は果てしなくつづく。だがやがて時間のみならず物質にまで異常事態が生じはじめ……。(扉より)
 ホーガンにしてはかなり薄く、そして内容もホーガンにしては異色な――いわゆる単純な――「ドタバタSF」なのだが、そのドタバタ具合がきっちりとハードコアSFの枠組みに収まっている、という奇妙な作品。その核にあるアイディア自体がコロンブスの卵である(とある有名な公式のアクロバティックな読み替え)し、そのアイディアだけで成立している作品だが、ホーガン一流のユーモアとウィットに満ちたメタファーが惜しげもなくてんこ盛りにされていて、全く飽きることなく一気に読める傑作。
ジェイムズ・P・ホーガン『量子宇宙干渉機』★★★(20110612)
James Patrick Hogan"Paths to Otherwhere,1996"

創元SF文庫1998
世界が再び全面戦争の危機に直面した21世紀、若き物理学者ヒュー・ブレナーらのグループは、ついに量子コンピュータの開発に成功した。この世界は唯一無二の存在ではなく、無数の世界が並行してあり、それらが相互に干渉し合うことでいかなる物事が起こるのかが決定される。ならばその“干渉”をコントロールすることで世界を救うことはできないのか? 国防総省が乗り出した極秘プロジェクトの主眼はそこにあった。政府の監視下で別世界捜査の研究を強いられるヒューら。眼前に自由世界への道が開いたとき……。量子力学に基づく多元宇宙ハードSF!
 平行宇宙もしくは多元宇宙を基本骨格とするSFではあるが、理論や概念の提示はなく、既に並行する宇宙間の移動が実現した後の世界が物語の舞台となる。理論的背景に乏しく、提示される「望ましい」世界のあり方も『断絶への航海』で全面的に展開されたものの焼き直しに過ぎない。そして主人公たちと対立勢力の追いつ追われつも『マルチプレックス・マン』ほどには躍動感溢れてはいない。つまりはこれは過去作品のパッチワークであり、本書のような展開ならば最終的にはとんでもないどんでん返しを期待するのだが、物語はたいした山もなくあっさりと終わってしまう。ホーガンにしては物足りない作品。しかも重大な欠点が存在する。量子コンピュータを用いて並行する他の宇宙に赴いたとき、その人物の意識が入り込む人間は一つの宇宙において一つしかない。これを本書では「類似体」と呼んでいるが、「類似体」はこの世界から赴く本人とは別の意識を持ち、しかも姿形も全く異なる。ならばそれは明らかにこの世界の当の人物とは全くの別人であり、それがなぜ「類似体」たり得るのか、の説明が必要なのだが、残念ながら最後まで説明が為されることはない。となれば何も平行宇宙をテーマにする必要はなかったわけで、どうも欠陥ばかりが目立つ。さらに加えて翻訳がこなれていず、読みづらい。
ジェイムズ・P・ホーガン『揺籃の星(上)/(下)』★★★(20120727)
James Patrick Hogan“Cradle of Saturn,1999”

内田昌之訳・創元SF文庫2004
 地球はかつて土星の衛星であった!? 土星の衛星に住むクロニア人科学者たちは、地球の科学者にとって到底受け入れがたい惑星理論を展開する。太陽系は何十億年も同じ状態を保ってきたのではない。現に今、木星から生まれた小惑星のアテナは突如彗星と化し、地球を襲おうとしているのだと。物議を醸したヴェリコフスキー理論を大胆に応用、宇宙の謎に迫るハードSF新三部作開幕。
 通信障害の増加、いちじるしく明るいオーロラの発生。彗星アテナの息吹は確実に地球に届きつつあった。大変動の日を迎えたとき、、地球の未来に貢献できる人物とはクロニアにたどり着ける者であり、クロニアに行く唯一の手段とは軌道上にあるシャトルに乗り込むこと。そこで有能な原子力エンジニアでクロニア人の信頼を充分に得ているキーンが招集されるが……彼の下した決断は?
 同著者の『断絶への航海』+『星を継ぐもの』+α。土星植民地に育ったクロニア人の思考は『断絶への航海』中のケイロン人と全く同様であるし、惑星規模での異変が物語の骨子になっている点では『星を継ぐもの』と同じである。が、そうした話は下巻第二部までのことで、第三部に入って様相は一変する。アテナが引き起こした想像を絶する災厄の中を、主人公が「いかに生き延びたか」が描かれる第三部、すなわち+αの部分は、どちらかと言えば小松左京『復活の日』やウェルズ『宇宙戦争』などに近いかもしれない。で、この部分は三部作が出揃った暁に浮いていないのかどうかが心配である。ホーガンが新境地を拓くのか、それとも期待外れに終わるのか?
Fred Hoyle
フレッド・ホイル『10月1日では遅すぎる』★★★★(20151031)
Fred Hoyle“October the First is too Late,1966”

伊藤典夫訳・ハヤカワ文庫1976
過去、現在、そして未来へと不断に流れゆくべき“時”が反逆を開始した。プレリュードに提示された日常はフーガの対位のなかに不吉な前兆を挿入され、ついには恐るべき相貌を顕在化して亀裂のうちに崩壊する。やがて地上に出現するのは異形の新世界――あらゆる時代が同時存在して地図上に描かれ、古代ギリシャへの船旅さえもが可能となったのだ!
SFの古典的テーマのひとつである時間テーマに、世界的天文学者として、また一流のストーリイテラーとして高い評価をうける作者が、自己の野心的な時間・意識論をひっさげて挑戦する問題長篇!
 1966年のイギリス、1917年のヨーロッパ、ソクラテス時代のギリシャなど、多様な時代の地域がモザイク状に貼り合わされた地球を舞台に、イギリス人ピアニストの主人公を置いた作品。高名な天文学者によるSF小説として名の通った物語でもある。タイトルも秀逸。
さて内容だが、その発想は素晴らしく、しかも古代ギリシャ時代の人々の生活も生き生きとしていて面白く読めるのだが、結末へと持って行く手法に些か粗雑な印象を受ける。しかも、「その世界」だけが残る理由については明かされないし、何よりモザイク状の地球を作った意図が不明なままであるのは不満である。



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