【評価段階】
★★★★★──傑作。
★★★★───秀作。
★★★────凡作。
★★─────駄作。
★──────困作。

【D】
Philip K.Dick
フィリップ・K・ディック『逆まわりの世界』★★★(20151003)
Philip K.Dick"Counter-Clock World,1967"

小尾芙佐訳・ハヤカワ文庫1983
1986年突如世界は一変した。ホバート位相と呼ばれる時間逆流現象のために、死者は墓から甦り、生者は若返っては子宮へと回帰するようになったのだ。死者再生と適当な保護者への売却を請負う再生施設の経営者セバスチャン・ヘルメスは、折りしも一人の死者を墓から掘りだしていた。偉大な黒人解放家、ユーディ教の始祖トマス・ピーク――再生した彼の去就をめぐって、彼を抹殺しようとはかる公安機関〈消去局〉、狂信的なユーディ教指導者、そしてローマ教会の三つ巴の暗闇に、セバスチャンとその妻ロッタは否応なく巻きこまれてゆく……鬼才が描く狂気と不条理の超現実世界!
 宗教はディックにとって創作の大きなテーマの一つであった。そのことはディックを代表する作品に、宗教が主要なテーマとして組み込まれていることから明らかだろう。本書はその宗教の創始者が蘇る、という話である。しかもただ蘇るのではなく、時間の逆流によって「復活」するのだ。とはいえ、焦点は、復活した教祖の行動ではなくて、その奪い合いである。そのために物語は斜め方向へスライドしているように思える。一筋縄ではいかない、と言えばそうなのだろうが、ディックにありがちな暴走と言う方が適切だろう。スピード感はあるのだが焦点が定まらない。かつ、全編を通してどうにも「暗い」印象を受ける。
フィリップ・K・ディック『高い城の男』★★★★★(20150731)
Philip K.Dick"The Man in the High Castle,1962"

朝倉久志訳・ハヤカワ文庫1984
アメリカ美術工芸品商会を経営するロバート・チルダンは、通商代表部の田上信輔に平身低頭しながら商品を説明していた。すべては1947年、第二次世界大戦が枢軸国の勝利に終わった時から変わったのだ。ここ、サンフランシスコはアメリカ太平洋岸連邦の一都市として日本の勢力下にある。戦後15年、世界はいまだに日本とドイツの二大国家に支配されていたのだった!――第二世界大戦の勝敗が逆転した世界を舞台に、現実と虚構との間の微妙なバランスを、緻密な構成と迫真の筆致で見事に描きあげ、1963年度ヒューゴー最優秀長篇賞を受賞した、鬼才ディックの最高傑作、遂に登場!
 第二次世界大戦で枢軸国側が勝利し、その枢軸国の構成国であった日本とドイツが世界を二分割して対立する――いわば裏返しの冷戦――状況における、人々の群像劇。登場人物は日本人もアメリカ人も、ことあるごとに『易経』を取り出し、占いに耳を傾ける、というのがこの物語における特異性であるだろう。その上、この世界では逆に、もしも第二次世界大戦で連合国側が勝っていたならば、という仮定のもとに描かれた物語『イナゴ身重く横たわる』がベストセラーとなっている、というややこしさである。決して派手ではないが、ディックにしては手堅い語り口である。アメリカ人が一つの矜持を手に入れたところで物語は終わるのだが、その終わり方がいかにも優しい。
フィリップ・K・ディック『悪夢機械』★★★★(20110510)
Philip K.Dick"10 Short Stories"

朝倉久志編訳・新潮文庫1987

核戦争後の地球、人間とミュータントの世代交代をテーマにした「訪問者」、パラノイアの狂気を描く「スパイはだれだ」、中国との戦争に敗れ、奇妙な宗教が支配するようになったアメリカを描く「輪廻の車」など、初期作品から晩年の作品まで、日本未紹介の短編を10編収録。アメリカSF界の鬼才、P.K.ディックが創り出した悪夢的イメージを集約した、傑作オリジナル短編集。
 「書き散らかした」という印象のある短編集。殆どがワン・アイデアものではあるのだが、それでいて実に奇妙な世界が描き出されて行く。こんな内容の作品を1950年代から1980年代にかけて大量に書いていたことに改めて驚く。なお、この短編集中の「調整班」と「少数報告」は映画化されている。
フィリップ・K・ディック『死の迷路』★★★★(20110211)
Philip K.Dick"A Maze of Death,1970"

山形浩生訳:創元推理文庫1989
目的も知らされぬまま、植民惑星デルマク・Oに送り込まれた14人の男女。彼らに使命を告げるはずだった衛星からの通信は、故意か偶然か、メッセージを受信しているさなかに途切れてしまう。異常事態はそれだけにとどまらなかった。一人また一人と、メンバーが殺されはじめたのだ。この14人のなかに殺人鬼がいるというのか? 謎めいた立方体の建造物がそびえ、物質をコピーする奇妙な生き物が徘徊するデルマク・O。この惑星に閉じ込められたまま、彼らは狂気にむしばまれてゆくのだろうか。P・K・ディックがつむぐ、逃げ道のない悪夢世界。
 推理小説で言えば嵐の夜の山荘、または学生による無人島キャンプなどのシチュエーションと同じく、閉ざされた空間における連続殺人が物語の骨子となっている。が、そこは勿論ディックであるから、誰が犯人かが問題となる訳ではなく、如何にして殺人は可能となったかが主題に収まる訳でもない。それどころか収容所惑星に見えて実はそれは……という展開が折り重なって最終的に思いがけぬ地平に辿り着く。ディックの作品において破綻のないものは多くの場合思いがけぬ地平に辿り着くのだが、その中でも比較的読み易い作品かもしれない。
フィリップ・K・ディック『ウォー・ゲーム フィリップ・K・ディック短編集2』★★★(20120401)

仁賀克雄訳:ちくま文庫1992
子供たちの玩具に隠された秘密を見つけだせ! 地球輸入基準局はやっきになって他の星から送られてくる輸入玩具をチェックする。“ウォー・ゲーム”と名付けられたゲームに隠されている謎とは――? 彼らは地球を守ることができるのか? ――表題作他、本邦初訳を含む初期短篇九篇収録。
 解説 久間十義
 玉石混淆の短編集。「有名作家」、「ドアの向うで」のような、説明不足過ぎて物語の内容が掴めないものもあれば、表題作「ウォー・ゲーム」のように、短篇であるにもかかわらず、その一つだけでも短篇ができそうなアイデアを幾つも贅沢に詰め込んだ作品もある。特に秀逸なのは「探検隊はおれたちだ」で、ここにはいかにもディック的な悪夢の世界が広がっている。
フィリップ・K・ディック『未来医師』★★★(20130312)
Philip K.Dick“Dr.Futurity,1960”

佐藤龍雄訳・創元SF文庫2010
医師パーソンズは突如として25世紀の北米へ時間移行した。そこでは人種の混淆が進み、全員が混合言語を話し、複数の部族に分かれて生活している。人間の平均寿命は15歳、さらに医療行為が重大な罪とされていた。この悪夢的社会を変えようとする一派の活動に巻き込まれたパーソンズは、さらに幾度もの時間航行に連れ出され、重要な役割を果たすことに。時間SFの秀作、本邦初訳!
 冒頭、かなり分かりにくいタイムスリップの描写から始まる時間SF。分かりにくいのは25世紀社会の状況も同様であるし、誰と誰がいかなる観点で対立し、どのような活動がなされているのかも一読しただけでは分かりにくい。しかしそれはおそらく描写の問題なのであってプロットの問題ではないだろう。プロットそのものは意外に整理されている観がある。とは言うものの、それだけに平凡な印象は否めない。同様のプロットの作品ならばこれよりもはるかに優れた作品は数多く存在する。従って本書はディックマニア向けの作品か。
John Dunning
ジョン・ダニング『死の蔵書』★★★★(20110922)
John Dunning"Booked to Die,1992"

>ハヤカワ文庫1996
十セントの古本の山から、数百ドルの値打ちの本を探し出す――そんな腕利きの“古本掘出し屋”が何者かに殺された。捜査に当たった刑事のクリフは、被害者の蔵書に莫大な価値があることを知る。貧乏だったはずなのに、いったいどこから? さらに、その男が掘出し屋を廃業すると宣言していた事実も判明し……古書に関して博覧強記を誇る刑事が、稀覯本取引に絡む殺人を追う。すべての本好きに捧げるネロ・ウルフ賞受賞作
 アメリカ社会においての古書取引の詳細であったり、どんなものが価値が高いのかという意外な蘊蓄が学べる本。そうした古書店の活写によって、物語の輪郭が浮き上がり、奥行きが広がっているという印象を受ける。古書マニアでありながら直情径行な面もある主人公の造形も興味深いし、一見ハードボイルドっぽく進めつつも、最後の一行まで真相が明確にならないのも粋である。

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