【評価段階】
★★★★★──傑作。
★★★★───秀作。
★★★────凡作。
★★─────駄作。
★──────困作。

【B】
J.G.Ballad
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J.G.バラード『殺す』★★★(20130215)
J.G.Ballad“Running Wild”

山田順子・創元SF文庫2011
6月のある土曜日の朝、ロンドン西部にある超高級住宅地パングボーン・ヴィレッジで住人32人が惨殺された。高い塀と監視カメラに守られた住宅地で殺されていたのは、すべて大人。そして、そこに住んでいた13人の子どもたちは何の手がかりも残さず、全員どこかへ消え去っていた。これは誘拐なのか? そして、この事件の犯人は? 2カ月後、内務省にこの異常な事件の分析を命じられたドクター・リチャード・グレヴィルは、現地を訪れるうちに、ある結論に到達する。鬼才バラードが『千年紀の民』に先行して大量殺人を題材に描いた現代の寓話!
 『結晶世界』のバラードが書いたミステリー。勘が鋭ければ上のあらすじから、何が起こったのかは大体読めるのではないだろうか。面白いことは面白いのだが、事件の概要がある程度読める上に、犯人の所在やその後についてもぼかされたままであり、すっきりとした読後感は得られない。何よりその動機について、殺人事件に発展する程の力があるとは思えないのも難点。
Gregory Benford
グレゴリイ・ベンフォード&ゴードン・エクランド『もし星が神ならば』★★★★(20110304)
Gregory Benford and Gordon Eklund"If the Stars are Gods,1977"

宮脇孝雄訳・ハヤカワ文庫1988
2017年、太陽系に突如として、巨大な恒星間宇宙船が飛来した。人類の長年の夢だった地球外知性との交流が、ついに幕を開けたのだ! 異星テクノロジーを入手すれば、銀河系へと雄飛することも不可能ではない。かくして、火星探検で勇名をはせ、今は天文学界の重鎮となっているブラッドリイ・レナルズが、公式使節として異星船に赴いた。だがキリンに似た異星人はテクノロジーについては口をつぐみ、ただ太陽に関する情報が欲しいと謎めいた言葉をくり返すばかりだった…… 米SFを代表するベンフォードと実力派エクランドが放つ荘厳な宇宙SF!
 「すてきなタイトルだよね。もし、星が、神、ならば。」――本書解説の山岸真の言う通り、邦訳タイトルのセンスが光る一冊。星は神であるのか。神であるとしたらそれは如何なる神であるのか。物語は一人の元宇宙飛行士の生涯を追う形で黙示録的に描かれる。主人公を衝き動かすものは、異世界への憧れと、そこからの疎外感であると言えるだろう。その意味では、ピンク・フロイドの次の歌詞がよく似合う。
“Can't keep my eyes from the circling skies
Tongue-tied and twisted, just an earth-bound misfit, I”
(Pink Floyd‘Learning to Fly’)

 その欲望は満たされ、疎外感は払拭されるのか、それとも永遠に満たされぬままであるのか。読み進める感覚はクラークの一連の観念的な作品に類似しているため、決して読み易くはないが、不思議な後味のある作品。
William Peter Blatty
W.P.ブラッティ『エクソシスト』★★★★★(20101020)
William Peter Blatty"The Exorcist,1971"

新潮文庫1977(創元推理文庫1999)

大都市ワシントンで、12歳の少女に悪霊が取憑いた。可愛い顔は醜く変り、声は太くなり、卑猥な言葉を喚く。折しも起きた残虐な殺人事件が、いっそう恐怖を募らせる。いったい、科学万能の現代にありうることか? カラス神父は、心の拠り所を信仰とするか科学とするかと悩みながらも、老神父と共に、“悪魔祓い師(エクソシスト)”として、凄絶な死闘を続ける。恐怖と残虐性、波瀾と意外性にみちた衝撃の物語。(新潮文庫版)
 言わずと知れたオカルトホラーの傑作映画『エクソシスト』の原作。20世紀においていかにして悪魔祓いを納得的に描くか、そしてエクソシストの登場へと持っていくか、ということに実に細かい配慮がなされていて、読み応えのある500ページ。特に第V章「深い淵」のラストシーンなど、映画を観た者ならば戦慄を覚えないではいられない名シーンだろう(そしてこの情景は、山田正紀『神狩り』冒頭のシーンに重なる)。にも関わらず、本書のみならず映画もまた、とかく「ホラー」の観点からのみ語られるのは残念である。しかしむしろその素晴らしさは、カラス神父を取り巻く状況と心理にあると言わねばならない。母親を救護院に放ったまま孤独に死なせながら、「神父」として神に仕える彼の「母も救えなかった自分が一体誰を救えるのか」という苦悩こそそれである。そしてその視点から観たときにのみ、映画のラストシーンでの神父自身の懺悔が重い意味を持って立ち現れてくるのだ。
ウィリアム・ピーター・ブラッティ『ディミター』★★★★★(20121028)William Peter Blatty"Dimiter,2010"

白石朗訳・創元推理文庫2012
1973年、宗教弾圧と鎖国政策下の無神国家アルバニアで、正体不明の人物が勾留された。男は苛烈な拷問に屈することなく、驚くべき能力で官憲を出し抜き行方を晦ました。翌年、聖地エルサレムの医師メイヨーと警官メラルの周辺で、不審な事件や〈奇跡〉が続けて起きる。謎が謎を呼び事態が錯綜する中で浮かび上がる異形の真相とは。『エクソシスト』の鬼才による入魂の傑作ミステリ!
 スパイ小説の体裁を取った宗教小説とでも言えば良いのか。ほぼ毎章ごとに新たな謎が暗示され、最終的には出揃った謎が全体として、ある種の「解明」を形作るという特異な物語であり、一読しただけではその全貌はまだぼんやりとしたものでしかないように思える。しかもまた、結末における解明でさえ、最終的かつ「書かれてはいない」謎を示唆するのである。姿を現さず、暗がりから語りかけるかのような文体も魅力な傑作。
Dan Brown
ダン・ブラウン『ダヴィンチ・コード(上)/(中)/(下)』★★★(20120709)
Dan Brown“The Da Vinci Code,2003”

越前敏弥訳・角川文庫2006
 ルーヴル美術館のソニエール館長が異様な死体で発見された。死体はグランド・ギャラリーに、ダ・ヴィンチの最も有名な素描〈ウィトルウィウス的人体図〉を模した形で横たわっていた。殺害当夜、館長と会う約束をしていたハーヴァード大学教授ラングドンは、警察より捜査協力を求められる。現場に駆けつけた館長の孫娘で暗号解読官であるソフィーは、一目で祖父が自分にしか分からない暗号を残していることに気付く……。(上巻)
 館長が死の直前に残したメッセージには、ラングドンの名前が含まれていた。彼は真っ先に疑われるが、彼が犯人ではないと確信するソフィーの機知により苦境を脱し、二人は館長の残した暗号の解読に取りかかる。フィボナッチ数列、黄金比、アナグラム……数々の象徴の群れに紛れたメッセージを、追っ手を振り払いながら解き進む二人は、新たな協力者を得る。宗教史学者にして爵位を持つ、イギリス人のティービングだった。(中巻)
 ティービング邸で暗号解読の末、彼らが辿り着いたのは、ダ・ヴィンチが英知の限りを尽くしてメッセージを描き込んだ〈最後の晩餐〉だった。そしてついに、幾世紀も絵の中に秘され続けてきた驚愕の事実が、全貌を現した! 祖父の秘密とその真実をようやく理解したソフィーは、二人と共に、最後の謎を解くため、イギリスへ飛ぶ──。
 キリスト教の根幹を揺るがし、ヨーロッパの歴史を塗り替えた世紀の大問題作!(下巻)
 ダ・ヴィンチ、初期キリスト教などの魅力ある小道具を、ただ徒にオカルトに流れていくことなくまとめ上げた内容は評価に値するだろう。キリスト教が土着の多様な宗教を自らの裡に取り込みつつ成長してきたことは専門家の間では周知の事実だが、そうでない人々にとってはインパクトがあるだろうし、素直に読めば、面白い作品である。問題は、主人公の先導役であり、暗号である「詩」が、作者の完全な創作だということだ。言い換えれば、作者の編み出した虚構が、この物語で扱われた諸々の象徴をつなぐ鎖になっているわけだ。これが一般によく知られている何らかの成句であったならば、物語にさらなる「真実味」が付け加わったと思われるだけに残念である。加えて、「ソフィー」という名前が重要なことは、これもギリシャ語にある程度詳しければ想像できる上に、物語の最後で明かされる「家系の事実」に対して、これも物語の最後で描かれるラングドンとソフィーの間に生じる関係は大いなる矛盾ではないのだろうか?
 また、内容に直接関係はないのだが、気になるのは文庫版のこの書の文字の大きさが、明らかに一般の文庫のそれに比べて大きいことと、そして行間の広さである。これを通常大の活字と行間で印刷したならば、おそらくは少し厚めの文庫本が一冊できあがるだろう。つまりは、ちょっと厚めの文庫本一冊を無理矢理三分冊にしたがゆえの活字と行間なのだ。そして仮に一冊で出版した場合の値段はおそらく1000円を超えまい。それが三冊になることによって1500円を超える値段となっている。これこそ最大の「錬金術」である。

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